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子どもの記憶

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こんにちは。はぴらきです。

 

やっとブログの更新ができる環境が整いました。

 

ヒーヒー、いいながらやっとここにたどり着いた感じです。

 

数か月前より、在宅仕事を副業ではじめました。

 

その前までは、本業の前に副業で早朝のアルバイトをしていました。

 

朝を有効に使うにはとてもいいお仕事でしたが、

そのアルバイトを始めたころから「長くはできないだろうな」と予想した通り、3年弱でやめることにしました。

 

 

私は、二人子どもがいます。

二人とも成人しています。

 

おおよそ予測がつくかと思いますが、私はそれ相応の年齢でもありまして、

体力的に色々と支障が出たりして限界でした。

 

それで以前から考えていた在宅ワークをするために、

この何か月か準備をして来まして、やっとなんとか体裁が整ってきたところです。

 

 

ところで、

 

先日、ある設定に難航して夜中までパソコンの前で格闘しておりました。

 

私のは二人とも女の子ですが、バイトや仕事で帰宅が深夜になることがしょっちゅうです。

 

早寝早起きの私とは、生活のタイミングがずれることもしばしばです。

 

パソコンの設定に難航している私をみて、二人とも「懐かしいー!」というのです。

 

私はここ十年以上、自宅でパソコン作業を深夜まですることはあまりありません。

 

懐かしいの中身は、何かというと

 

キーボードをカタカタ打つ音でした。

 

へ~!

意外。

 

それが私の率直な感想です。

 

二人が保育園、小学校低学年の頃ですから、もうかれこれ20年近く前になります。

 

ワープロから独学でパソコンに乗り換え、前職の関係で在宅ワークをしていました。

 

雑誌などに乗せるための生原稿をテキストに入力し直したり、

テープ起こしの仕事を請け負う仕事をしていました。

 

納期もあり、子どもが寝かせて夜中にやっていたわけです。

 

 

意外、というより「よくそんなこと覚えているなぁ」という、なんともこそばったいような感じでした。

 

なんでもないような何か。その「キーボードの音」っていうのがポイントのような気がします。

 

人の手や体がおりなす素朴なリズムが、何か幼い子どもの「根っこ」に記憶されていくものなのでしょうね。

 

同じような記憶が私にもあります。

 

父がする野良仕事を、ただなんとなく眺めているだけでなんとなくホッとしたものでした。

 

よっぽどお父さんが好き、と思われたかもしれませんね。

父はもう亡くなってしまいましたが、私の父は私にとっての父は好きでも嫌いでもない人でした。

 

実家は地方の、本当に田舎の村です。

 

父は出稼ぎに出ていたので、長期間家をあけていました。

思春期になって物心ついた私には、なんか「よその人」という感じでした。

 

それでも、家にいるときにする何かは、なんだか見入ってしまうのでした。

あるときは、片腕をけがをして片腕でまき割りをしていました。

そのときのリズミカルな斧と薪の割れる音。

あるときは家の前で独特の口笛をふきながらの大工仕事。

 

見るともなしに目や耳に残る、こうした記憶のひとかけらが思い出されます。

 

うちの子どもたちも、そんなキーボードの音など覚えてほしいと思ったこともないのにとなんだか変な感触でした。

 

暮らしというのは、そんなチリのようなものの集積なのかもしれませんね。